03
起きると見慣れないグレーの壁にかこまれた簡素な部屋だった。状況を確認しようと立ち上がったが、視点が低い———これは何やらおかしくないか?と思った所で部屋のドアががちゃがちゃと開いて碧と朱と見慣れないオトナの男性の姿が見えた。

「凪ーっ!!起きたかーよかったぁ!!」
ぼくより遥かに視点が高い所にいる碧ががばりとぼくを抱きしめる。おいおい友達とはいえずいぶん大胆なスキンシップじゃないか、と言おうとした所で自分の舌がうまくまわらない事に気がつく。
「驚くのも無理はないよ凪。いま凪はね、オオカミなんだよ」とぼくの疑問をフォローするように朱が意味不明な発言をしたので、それってどういうこと?と返そうとするがまたも舌がまわらない。
説明代わりに朱からコンパクトミラーを差し出され——ぽかんとする。確かにぼくは碧にフカフカされるがままのケモノの姿だった。なんだそれは。
「きのうの夜に受けた『転生の儀』を機に、私たちまったく別のイキモノに変わっちゃったみたいなの」
朱から突然専門用語を出されるし、ぼくは返事できないしでちんぷんかんぶんだ。
ハテナマークを全面に出していたら、それまで部屋の隅で黙っていた背後のオトナの男性が話し始めてくれた。

「私は文部科学省転生課の山中だ。ここは転生課Y市支部の施設で、転生の儀を受けた少年少女が保護されている」
山中さんはグレーのスーツのいでたちで40代といったところだろうか。落ち着いた様子で説明を続ける。
「転生の議はいまある世界の危機を救うためにミコの選出を行う儀式で、きみのように人間以外のカタチになって保護されるか、転生に耐えられずに命を落とす」
「ただし例外があり、ごくわずかな数の少年少女はミコとして転生し、神となる資質をもって生まれ変わるんだ」
山中さんから淡々と意味不明な説明を受け、ツッコミも入れられずぽかーんとするいっぽうのぼくだったが、説明を要約するに
・地球はじわじわと滅亡の危機に瀕している
・過去にも何度かそういったピンチがあり、その際には危機を乗り越えるためには超自然的な力を持ったミコが立ち上がっていた
・ミコは少年少女の中から選出される。それが『転生の儀』
・今回はぼくたちの住むY市からミコが生まれる啓示があった
・スパムは山中さんたちが送っているものではなく発信元はナゾ
・条件を満たした環境下で転生の儀が行われた事を察知し、転生の儀を受けた少年少女を保護に向かうのが山中さんたちの仕事
…といった話だった。何度も繰り返している説明のようで手慣れたものだった。

「そんな話信じられないっ!って思うけど、凪の姿を見ると信じないわけにはいかないよね」
と碧がうむうむとうなずく。
「私たちが誘ったばかりに凪を巻き込んでしまって、本当にごめんなさい…」
じわりと朱の目に涙がうかぶ。わーっ!泣くのはやめてくれ!と声を出せずにいると、「朱のせいじゃないよ!私が無理に誘ったからだよ!」と碧も泣きそうな顔になる。泣き虫のデュエットは勘弁して欲しい。双子に泣かれるのは、ぼくが恐れていることのひとつだ。

「夕野君の事は残念だったが、きみたちがミコとして転生したのは世界としてはありがたい状況だ」
残念ってぼくは死んでないし!とツッコみを入れたい気持ちになった瞬間、なるほど、と納得する。碧と朱が髪の色が変わったくらいでぼくのようにケモノの姿になっていないのは、『ミコ』とやらに選ばれたからなのか。