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自室で夜更けにふたたび携帯がぶるる、と鳴るまで『選ばれし御子よ』メッセージのことはすっかり忘れていたぼくだった。ぼくは決して友達は多くないので、着信をまたスパムかと思いうんざりしてメッセージを開いた。
『碧でーす。今なにしてる?今日面白いスパムが届いたんだけど。朱と一緒にその内容がホントか確かめようと思って、夜の冒険に出るところ!凪も来ない?』
要領を得ない内容だが、スパムという単語と夜の冒険という危険な誘いにぼくの警戒心がふたたびモヤモヤと首をもたげる。
急いで返信を打つ。『冒険ってこんな深夜に?どこに行くの?』
すぐに碧から返信メッセージの着信が来る。『鏡音神社だよ』
えーっ?とぼくは思わず声をあげる。もしや、そんな、ぼくと同じ超怪しいメッセージを受け取って。それを真に受けてノコノコと出かけて行っちゃうの?
碧は正義感が強くていいやつだが、基本的に単純でアホだった。学校で先生に叱られたときに「おまえは校庭を100周しろ」と言われたら、その言葉のままに素直に走りに行っちゃうようなやつなのだ。
だけれど慎重派の朱と行動を共にすることでで無茶な事をする、というのはそんなに起こらないはずだった。朱は碧とは正反対で、人の言葉の意味を考え、裏をかき、ちょっぴり策略家。そんなやつで、小学校の時は生徒会長を務め先生たちを裏で操ってたといわれる程度の賢さがある、それが朱だ。
ぼくは急いで碧にメールを打つ『もしかして選ばれし御子とかそういうメッセージ?ぼくも受け取ったけど、ただのデンパだよあれ。危ないしやめよう』
しばらく間があって、今度は朱からの電話の着信が携帯に表示される。急いで通話ボタンをタッチする。
「こんばんは。神社の件なのだけれど…」とひそひそと碧からの声が聞こえる。
「さっき返信したけど、ぼくもそれ受け取ったよ。あきらかにスパムじゃん。やばいって」ぼくも隣室のみーちゃんを起こさないようにひそひそと話す。
「だけれど、気になるの」
「なんで?ただのデンパじゃないの?」
「けさの不登校の話なのだけれど、ネットで気になるウワサがあって」
朱の話を聞くに、日本各地で同じ内容のメッセージを受け取った子供たちが謎の失踪を遂げているという都市伝説があるのだそうだ。そして、けさ話にあがった不登校児もその事件に巻き込まれたというウワサを読んだらしい。なんだそれ。がぜん危険じゃないか。
「なおさら危ないじゃん」と、ぼくは素直な感想を述べる。
「でも同じクラスのコのこと、ほうっておけないし何があったのか知りたいの」
朱の声から強い意思を感じる。こういう時の朱はやっかいで、自分の意見をまげないことをぼくは知っていた。好奇心は猫をも殺す、というのはイギリスのことわざだが、朱の場合はどっちかっていうと豹かな。
「誰かオトナの人を連れて行ったら?」
「もう家を出ちゃったし、もうすぐ神社」
前言撤回。朱もそんなに賢くはない。まっすぐなバカさは碧と同じだ。
『選ばれし御子よ』メッセージの件もお騒がせな双子の件も放っておけばいいのに、ぼくはこっそり家を抜け出し自転車に乗って鏡音神社に向かっていた。困っている人を放っておけない。いや、うそだ。あの双子のことをぼくは放っておけないのだ。
薄暗い夜道にペダルを漕ぎながら最悪の事態について考えていた。もしナゾの組織が好奇心のある子供をおびき寄せて誘拐する企てだとしたら、ぼくが駆けつけてもできることなんで全然ないぞ。
でももしも碧と朱と二度と会えなくなってしまったら、と思うとぞっとした。

鏡音神社はぼくたちの住む市の中心部にある、かなり大きなお社だ。ぼくも何度か初詣に参ったことがある。
その名の通り鏡がお社に祀ってある、という事は知っているが、細かい由来までは知らないし、鏡は本殿に納められていて一般公開はしていないはずだった。
きぃっ!と自転車のブレーキが甲高い声をあげる。鏡音神社の入口に双子の自転車が置いてあるのを確認した。二人の姿は無い。
ぼくが着くまでその場を動くな、と言ったのにちっとも言う事を聞いていない!
自転車に鍵もかけずぼくは神社の境内に駆け込んだ。しんとして人の気配が感じられず、ぼく自身の心臓の鼓動が鳴り響くのみだ。
姿をうつす、とあったので本殿の鏡のほうに二人は行ったのかもしれない。そう考えて走る。走る。境内は広い。そして暗くて方向感覚を失う。
「碧ーっ!朱ーっ!」二人の名を呼びながら本殿の前まで走っていくと、ぴん!と急に肌に冷気が感じられた。
なんだ?と周囲を確認しようとすると「きみはだーれ?」と背後から幼い声が聞こえた。
慌ててふりむくと、闇に溶け込むように黒いワンピースの幼い少女が佇んでいる。人の気配など無いと思っていたのでぼくは動揺した。
「え?きみは…どうしたの?女の子二人を見なかった?」
「ちがうよ。あたしが聞いてるの!きみはだーれ?」
「ぼ…ぼくは夕野だ。そんなことはどうでもよくって…ぼくは碧と朱っていう女の子を探してるんだ」
ふうん、とようやく納得した顔で少女は頷く。
「巫女様ならそこでねんねしてるよ」と本殿の脇にある湖を指差す。月明かりの下、双子らしき二人が寄り添うように倒れているのが見えた。
「碧!朱!」二人のそばに駆け寄ると、異変が感じられた。なにかが…おかしい?
碧の髪の毛は栗色だったのが漆黒に。朱の髪の毛は栗色だったのが銀色に染まっている。明かりがないせいで見間違えたかと思ったが、ちがう。確かに髪色が変わっている。
でも今はそんなことはどうでもいい。二人が無事かを確かめなければ——。
安否の確認をするっていっても、ぼくは専門家ではないので詳しい方法はわからない。おそるおそる碧の首筋に手をあてると、脈が確認できた。朱も同じで意識は無いが生きている、という状態のようだ。
「こういう時は——救急車?か…」ぼくはポケットの携帯を取り出して119をコールしようとした「夕野。巫女様は大丈夫だよ。そんなことより…水面を見てみれば?」と背後の少女が語りかけてきたので、ぼくはふっと意識を湖面に持って行くと——そこには、空に浮かぶ満月と、オオカミがいた。
えっ?言葉を発したつもりだったが、ぐるりと世界が反転し、濡れた土の感触を頬に感じてぼくは意識を手放した。